「カタログには最大10m以上と書いてあるのに、現場では2mしか読めない」。UHF帯RFIDの相談でよくあるのが、この読取距離の問題です。読取距離は、リーダーの出力だけで決まるものではありません。電波がリーダーから出てタグに届き、タグが返事をしてリーダーに戻るまでの間に、どこで何dB失っているかを順番に数えると、改善すべき場所が見えてきます。
この記事では、パッシブ型UHF帯RFID(920MHz帯)を前提に、読取距離を決める要素を「リンクバジェット」という考え方で整理し、効果の大きい改善策から順に解説します。計算例はすべて自由空間(周囲に何もない理想状態)での理論値です。実際の現場では反射や吸収で値が変わるため、最後は必ず現地で確認してください。
読取距離は「dBの足し算・引き算」で決まる
パッシブタグは電池を持たず、リーダーから届いた電波のエネルギーでICチップを動かします。そのため、多くの場合、読取距離の限界は「タグを起動できるだけの電力がタグに届くか」(リーダー→タグの順方向)で決まります。タグからの返事(後方散乱)をリーダーが受信できるか(逆方向)が限界になるのは、受信感度の低い小型リーダーや、ノイズの多い環境などに限られます。
順方向の電力は、次の式で概算できます。
- タグに届く電力(dBm)= リーダー送信出力(dBm)− ケーブル損失(dB)+ アンテナ利得(dBi)− 偏波の損失(dB)− 自由空間損失(dB)+ タグアンテナ利得(dBi)− 取付面などによる損失(dB)
この値がタグICの起動に必要な電力(読取感度、たとえば −20dBm)を上回れば、タグは応答できます。自由空間損失は距離の2乗に比例して増え、920MHzでは「31.7dB + 20×log10(距離m)」で計算できます。つまり、距離が2倍になると損失は約6dB増えます。逆に言えば、どこかで6dBを取り戻せば、理論上の読取距離はおよそ2倍、3dBなら約1.4倍になります。
計算例(自由空間・理論値)
次の条件で計算してみます。数値は説明用の例で、特定の機種の値ではありません。
| 項目 | 値 | 備考 |
|---|---|---|
| リーダー送信出力 | 30dBm(1W) | 固定型リーダーの一般的な上限 |
| ケーブル損失 | −2dB | 数mの同軸ケーブルとコネクタ |
| アンテナ利得 | +6dBi | 円偏波パネルアンテナ |
| 偏波の損失 | −3dB | 円偏波アンテナと直線偏波タグの組み合わせ |
| タグアンテナ利得 | 0dBi | 物に貼った状態を控えめに見積もる |
| タグ読取感度 | −20dBm | ICとインレイの組み合わせで変わる |
送信側の合計は 30 − 2 + 6 − 3 = 31dBm です。タグ感度 −20dBm との差の51dBまで自由空間損失を許容できるので、距離は約9.2mになります。ここで、ケーブル損失を0.5dBに減らすと許容損失は52.5dBとなり約10.9m、感度が3dB良いタグ(−23dBm)に替えると54dBで約13.0mまで伸びます。一方、タグを貼った物の影響で6dB失うと45dBとなり、約4.6mに縮みます。このように、数dBの差が距離を大きく左右します。
改善策1:まず「何dB足りないのか」を測る
改善策を試す前に、現状を数字で把握します。リーダーの多くは、読み取ったタグの受信信号強度(RSSI)を出力できます。読取限界の少し手前で、出力を1dBずつ下げながら読めなくなる点を探すと、その位置での余裕(マージン)が分かります。たとえば30dBmで読めて24dBmで読めなくなるなら、余裕は約6dBです。
この「余裕のdB」が分かると、改善策ごとの効果を比較できます。RSSIの扱い方は「RSSIとは?RFIDの受信信号強度とフィルタ設定方法」で詳しく解説しています。
改善策2:ケーブルとコネクタの損失を減らす
意外に見落とされるのが、リーダーとアンテナをつなぐ同軸ケーブルの損失です。細いケーブルを長く引き回すと、それだけで数dBを失います。中継コネクタや変換アダプタも1か所ごとに損失が増えます。
- リーダーをアンテナの近くに設置し、ケーブルを短くする
- 長さが必要な場合は、太く損失の少ない種類のケーブルを選ぶ
- 変換アダプタを重ねない(コネクタの種類をそろえる)
ケーブル損失は送信と受信の両方に効くため、改善効果を見込みやすい対策です。ケーブルの種類は「RFIDケーブルとコネクタの種類と選び方」を参考にしてください。
改善策3:送信出力を上限まで使う(法令の範囲内で)
リーダーの初期設定が最大出力になっていないことがあります。設定画面やSDKで出力値を確認し、必要なら上げます。ただし、日本では920MHz帯のRFIDリーダーは電波法上の区分(特定小電力無線局・構内無線局など)ごとに空中線電力や等価等方輻射電力(EIRP)の上限が決まっており、その範囲を超える設定はできません。無線設備規則では、構内無線局はアンテナ利得 6dBi 以下で EIRP 36dBm(1W+6dBi)まで、特定小電力無線局はアンテナ利得 3dBi 以下で EIRP 27dBm(250mW+3dBi)までです(無線設備規則 第49条の9・第49条の14、e-Gov 法令検索、2026年10月21日確認)。
特定小電力型と構内無線局型では、許される出力に大きな差があります。上の EIRP の上限には 9dB(36dBm と 27dBm)の差があり、自由空間での理論上の読取距離に直すと約2.8倍(10 の 9/20 乗)の差になります。実際の距離はタグ・取付面・環境で変わります。長い距離が必要な用途で特定小電力型を選んでいる場合は、構内無線局型(登録または免許が必要)への切り替えを検討します。区分と手続きは「UHF帯RFIDの電波法・免許・申請手続き」で解説しています。
出力の上げすぎには副作用もあります。読みたくない遠くのタグまで読む「過剰読取」が増えるため、出力は「必要な距離を安定して読める最小値+数dBの余裕」に調整するのが基本です。詳しくは「RFIDリーダーの電波出力比較ガイド」をご覧ください。
改善策4:アンテナの利得と向きを見直す
利得の高いアンテナは、電波を狭い範囲に集中させることで正面方向の距離を伸ばします。6dBiのアンテナを9dBiに替えると、正面の距離は理論上約1.4倍になります。ただし、ビーム幅が狭くなるため、横方向の読取範囲は狭くなります。また、法令上の EIRP 上限(構内無線局 36dBm、特定小電力無線局 27dBm)を超える組み合わせでは、利得を上げた分だけ送信出力を下げる必要があります(無線設備規則 第49条の9・第49条の14)。
アンテナの向きも重要です。アンテナの正面からずれた位置にタグがあると、利得は大きく下がります。アンテナの中心軸をタグの通過位置に向け、取付角度を5〜10度単位で変えながらRSSIを確認します。選び方は「RFIDアンテナの選び方」で解説しています。
改善策5:偏波をそろえる
一般的なタグのアンテナは直線偏波です。リーダー側が円偏波アンテナの場合、タグの向きに関係なく読める代わりに、約3dBの損失が生じます。タグの向きが常に一定(コンベヤ上の箱の側面など)であれば、直線偏波アンテナを使い、タグと向きをそろえることで約3dBを取り戻せます。逆に、直線偏波でタグと90度ずれると、ほとんど読めなくなります。詳しくは「RFIDアンテナの選び方」をご覧ください。
改善策6:タグを替える(感度・サイズ・用途)
同じリーダーでも、タグを替えるだけで距離が大きく変わります。確認するのは次の3点です。
- ICの読取感度:新しい世代のICほど感度が良い傾向があります。ICの違いは「UHF帯RFID ICチップの比較と選定」で解説しています。
- アンテナの大きさ:一般に、タグのアンテナが大きいほど受け取れる電力が増え、距離が伸びます。小型タグは貼りやすい反面、距離は短くなります。
- 使用周波数への適合:海外向け(欧州865〜868MHzなど)に調整されたタグは、日本の920MHz帯では性能が落ちることがあります。タグの仕様書で、日本の周波数帯を含むかを確認します。
改善策7:取付面と周囲の物を対策する
タグを金属や水分の多い物に直接貼ると、タグのアンテナが本来の性能を出せず、数dBから十数dBを失います。金属には金属対応タグかスペーサーを使い、液体には容器から少し離して貼るなどの対策をします。金属対応タグの選び方は「金属対応RFIDタグの選び方」で詳しく解説しています。
周囲の金属棚や壁による反射は、場所によって電波を強めたり弱めたりします(マルチパス)。同じ距離でも、数十cm動かしただけで読めたり読めなくなったりするのはこのためです。反射の影響は「デッドスポットの回避とニアフィールドUHF帯RFID読み取りの最適化」で解説しています。
改善策8:リーダー設定(モード・セッション)を合わせる
出力以外の設定も読取性能に影響します。リーダーモードは、通信速度と感度・干渉への強さのバランスを決める設定です。感度の高いモードを選ぶと、読取速度は落ちますが、遠くのタグや弱い応答を拾いやすくなります。また、セッションとフラグの設定によって、同じタグを繰り返し読むか、一度読んだタグを休ませて他のタグを優先するかが変わります。大量のタグの中から遠くのタグを拾いたい場合は、この設定の見直しが効果的です。
- リーダーモードの考え方:「RFIDリーダーモードの選び方と設定のコツ」
- セッションとフラグ:「フラグとセッションとサーチモードについて」
- Impinj R700の場合:「Impinj R700のリーダーモードと最適化」
Impinj M800シリーズのように、拡張機能(Gen2X)に対応したタグとリーダーを組み合わせると、感度や距離を伸ばせる場合があります(「Impinj Gen2X」)。
現場で確認する手順
改善策は、費用と手間が小さい順に試すのが効率的です。
- 現状の余裕(dB)を、出力を下げる方法で測る
- 送信出力とリーダーモードの設定を確認する(費用なし)
- アンテナの向きと高さを調整する(費用ほぼなし)
- ケーブルを短く・低損失にする
- 偏波を見直す(タグの向きが一定の場合)
- タグを感度の良い型番・大きいサイズに替えて比較する
- 取付方法(スペーサー、金属対応タグ)を見直す
- それでも足りない場合は、構内無線局型のリーダーやアンテナの追加を検討する
検証では、条件を一度に1つだけ変え、同じ位置・同じタグで結果を記録します。複数を同時に変えると、どの対策が効いたのか分からなくなります。当社では、現地での検証の進め方もご相談いただけます。評価機を用意できるかどうかと条件は、機器によって異なります。
関連製品
- 固定型リーダー:Impinj R700、Chainway UR4
- ハンディ:Chainway C72
- アンテナ:Kathrein WRA 6060
- タグ:Alien Higgs3 ALN-9610 / Higgs4 ALN-9710